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整合性だけ片付けた、今朝の夢

by C on 7月.03, 2008, under traceroute

その年、三〇歳という新しい坂を登り始めようとしていた年、ぼくは地元の大学の学園祭にけっこう好きなアーティストが演奏に来るのを知った。その大学というのはぼくの母校でもある。
大学卒業以来、首都圏で職を転々としながらなんとか食い扶持をみつけてはきたけれど、十の位がひさびさに上がる年頃になって、少しでも地価の安い地域に住んでまともな仕事を探そうと考えた、そんな時の話だ。

当日は人工的に創作されたような秋空の下、鬱陶しいくらいに大学構内は混み合っていた。ぼくは好き好んでその雑踏を抜けようとしている来訪者なのだから、愚痴をこぼす偉そうな立場ではないが、しつこい出店の呼び込みには少しだけ閉口した。ぼくも屋台の食べ物は嫌いじゃないけれど、一つ買ってしまうと、心のリミットが外れて次から次へと買い食いをしてしまう。ひさびさに来てみた母校の学園祭が少しだけよそよそしいものに思えてしまった。卒業してからの年輪をぼくは実感させられていた。

例の演奏会場は学園祭が賑わっている地帯のだいたい中心にある広場に組まれた、臨時の屋外舞台で行われた。着くとちょうど前の組の演奏が最後の曲を演奏していた。
雑に並べられたパイプ椅子はそれなりに埋まっている様に見えたけれど、ところどころの空き席を差し引けば辛うじて五割を越えている、というのがぼくの目算で、適当な余白をみつけて座った。

目当てのアーティストの演奏はあいかわらず素晴らしかった。すんでのところで力を緩めるすべを知っている。これだけ巧みな能力を持ちながらも今ひとつ世間の認知度が上がらない不遇をぼくは残念に思ったが、売れる売れないとは一線を画した職人的なポジション、それ自体もぼくは好きだし、何より売れてしまえばこんな近距離で聴ける機会なんて無くなるだろう。
その頃には席も埋まって来た。
「詰めてもらってもいいですか?」と隣にカップルがやって来て、ぼくは空いていた隣の席へひとつ移動した。
「熱心にきいているわね」と詰めた席の向こう隣に座っていた女の子が独り言の様に喋ってきた。実際、独り言だったのかも知れない。
「ええ、好きなんです」演奏と演奏の合間でまだ準備に時間がかかりそうなので、返事をしておいた。中学生のように小さいのだけど、会話の雰囲気や外見を見るとれっきとした学生、いや、社会人かもしれない。
「○○くんもねぇ、もっと売れることを考えてやっていけばいいのに…」と女の子は今舞台で演奏している彼を親しげに呼んだ。
「もしかして、関係者?」
「ええ、そう。兄妹っていうのが関係者のうちならね」
「○○の妹さん?」
「そうよ、さっき舞台で演奏してた、聴いていなかった?」
好きなアーティストの身内と対面して舞い上がる必要も無いのだけど、いきなりの事なので少しどもりながらぼくは答えた。そう、残念ながら妹も同じ様に音楽の世界にいることすら知らなかったのだ。
「さっき来たばかりなので…ごめんなさい」
「いいのよ、いわゆる前座?あたしも本気で音楽目指そうってのじゃなく、そろそろどうしようかなぁって時だから。うん、聴かなくて良かったわよ」少し皮肉そうに言って、最後にこっちを向いて口の端を引き揚げるようにして自嘲気味に笑った。
舞台で演奏する彼はぼくとほぼ同年代だから、その妹ならばきっとぼくより年は下なのだろう。外見は確かに華奢で若いけれど、言葉が少しはすっぱなで人との接し方がどことなくすれている。芸能の道と言うのはそんな世界なのかなと思ってもう少し話を聞いてみようと思った頃、次の演奏が始まった。

「好きなんだね、○○くんのこと」
次の曲間に彼女が話しかけてきた。そう、ぼくは曲に聴き入って隣にその妹が座っていることさえ忘れていた。
「うん、ずっと、デビュー当時から好きだったから」
「うらやましいわ。ええ、あなたも、○○くんも。あたしは、だめ。引きずられて音楽をやり続けたけど、そもそも○○くんと音楽性は違うし、そもそも相性が悪かったのね。音楽と」
その演奏を聞き逃しているぼくには何とも回答しにくい話だった。
「あなたみたいにずっと好きなアーティストもこれといっていない。こんな仕事するほど顔だって別に良くないし、ないないづくし」
「それはぼくも同じ。定職にもつかない。将来の予定もない。金も女も特別もってない」
「ねぇ、あなた、ひとり?」
「今日?」
「えぇ、まぁそういう意味でもいいわ。ねぇ、これが終わったら荷物運ぶの手伝ってくれない?」
これを聴いたら家に帰って何をしようと思っていたぼくにとって、断る理由は無かった。演奏終了後、ぼくらは盛大な拍手を送り、周りの客が引いたところで立ち上がった。
「○○くんとはまた別の部屋なのよ。あっちはこのあと別の仕事が入っているから、あのまま即効移動よ…あら、会いたかった?もしかして」
見透かされたような気がして、ぼくはかぶりをふった。…図星と言えば図星だったのだが。
舞台袖に残っていた彼女個人の楽器を持ち、荷物置き場として使われている教室へ歩いた。構内は相変わらず縦横無尽に学生が行き交い、随分と移動に時間がかかったけれど、彼女はそれなりに楽しんでいるようだった。
「大学の学園祭ってあまり行ったこと無いから楽しいの」メインの通りを抜けて、関係者以外締め出しになった建物内に入るととたんに静かだ。
「今、歳幾つなの?」つい年下だろうと気をゆるめてぼくはたずねた。
「三十四よ」
「…!」出かかった驚きの声をぼくは危うく飲み込んだ。ぼくの年齢はすでに話題に上がっていたのでそこで改めて聞かれることはなかった。
背丈はぼくの胸までしかなく、腕も足も折れそうなほどに華奢なこの女の子が?世の中にはもちろんそんな女性はたくさんいるとは分かっていても驚きだった。

大学というのは、外来者にはあまり親切に設計されていない。それなのに彼女が割り当てられた教室はその深層で、ぼくもブランクがあり彼女はむろん道順なんか覚えていないから行ったり来たりを繰り返した。
通りかかった陶芸創作用の部屋には普段のように作業中の学生がいた。そのいきなりの登場に面食らってあいさつをしてみたけれど、向こうは無視を決め込んで(集中していただけかも知れない)じっとろくろに向かっていた。電動ろくろのブゥ―ンという音と学生の殻に閉じこもった雰囲気は、それまでぼくらが通りぬけた世界ときわめて異質に映えた。
立ち止まってしまったぼくの手を引く彼女とぼくとはそんな教室群をさまよった。

ポケットから鍵を出してぼくらはある教室に入った。
机と椅子とは窓際につんでよせられ、その片隅で彼女の上着やバッグが彼女をまっていた。秋の陽光がふりそそぎ、部屋の中はひだまりの温かさでみちていた。ぼくらは椅子をひっぱってきて、休憩した。

ずっとはりつめた雰囲気だった彼女も上着にその華奢な腕を入れてから、少しだけ眼がやさしく見えた。それを彼女に言うと少しだけ憤慨して、それでもありがとうと言った。
目をつぶると肌で日光の当たる箇所と影とが実感できる。それを彼女に言うと、同じように目をつぶって「そうね」と言った。
将来の不安を吐き出して共有して、ぼくらは秋のひだまりで少しだけ心を休めた。
出会いからここまでの短いコミュニケーションでどれだけぼくがきみのことを理解できたのかは分からないし、ぼくはきみの演奏を聴きそこなった。でも音楽なんか差し引いても、きみは(ぼくの基準では)魅力的だし、社会人としても劣ることはないと思う。ぼくはそんな内容を懸命に伝えようとした。
気がつくと目の前に彼女が立っていて、ぼくも立ち上がり彼女の肩に手をかけ、あらためて彼女の顔を見つめた。
気がつくとふたりは口づけを交わして、軽い抱擁を交わしていた。

その後、ぼくらはホワイトボードにらくがきをした。
「黒板なんて時代おくれなのかしら」
「いや、ぼくは好きだったよ」
そして事務室へ鍵を返しに行った。彼女が関係ない係の呼び鈴を押したので、ぼくらは笑いながらかけだした。
少しだけぼくは学園祭の雑踏が好きになった。

「今日はこれからどうするの?」
「バスで車停めたところまで行って、帰るわ。なんであんな遠くに停めたのかしら」
「荷物はバス停までで大丈夫?近くなら着いていっても構わないんだけど」
「あぁ、大丈夫よ。うん、すっごく遠いの。だまされたわよ」
ぼくらは裏道を歩いていた。うっそうと木々が生い茂り、一歩一歩ごとに靴が枯葉をふみしだいてかさかさと音がする。バス停までもう少しだ。
「ちょっと、いい?」立ち止まった彼女の前に立ってもう一度よく観察した。「三十四ってのは嘘でしょ?」
「あぁ…ん。嘘。あなたより年下」
「そんなに生きるのに疲れてる?」
「少しだけね」白い歯をのぞかせて、彼女は恥ずかしそうに笑った。
年齢相応の、皮肉めいたものがない、心からの素敵な笑顔で、ぼくらはそこで最後にもういちど雑木林のかげの中で温かいキスをした。

は家族づれや老夫妻やいろんな人たちがバスの到着を待っていた。
あとはいいやと彼女が言って、それじゃねとぼくも言って、ふたりは別れた。
それ以来、彼女と出会うことはないし、きっとこれからもない。
秋がめぐって来るたびに、ぼくはあのひだまりを思い出す。木陰に居ても温かい、人の温もりを懐かしみ、まだ生きられると思い直す。

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初夏

by C on 5月.07, 2008, under traceroute


四季を総て借りて、時間が余った時に気の向くままに読む。
頁を飛翔して読んでみると、改めて森博嗣の力を知る。四季を通じての真賀田四季の透徹した存在、一冊に同棲する幾つかの文体、そしてそれまでの時間軸を突き放す《冬》。

Vからそれ以後で特に顕著な抒情表現に傾倒した物語は俺の好みではない。けれど、同時代で読める物語として、真賀田四季の物語は傑作だ。

初め、図書館から春夏秋冬を借りて来たつもりが、よくよく見たら秋夏秋冬で、してやられた。

今朝、高専時代の夢を見た。やり残した電力測定の実験が気になって研究室に行ったら選択教科の相談でみんなが集まっていた。
いつも振り返ってばかりでしようが無い。

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譬え世界が滅んでも

by C on 2月.15, 2008, under essay


何でも無い事を綴る、を書こうとしたら別の話に筋道が逸れた。それは、ユリシーズが在ればダブリンは滅びようとも復活出来るのと同じ様に、たとい駄文であれ、世界が巨から細まで際限無くウェブに書き連ねられれば、いずれ世界が滅んだとしても揮発性メモリの中で生き続けるのかも知れない。瀬名秀明の小説にアトムを探して彷徨うロボットの話が在ったけれどそんな心持ちだ。ただ工学系の学類に在籍はしていたが、残念ながらロボットには興味が無い。

死より悲しいのは存在すら忘れられる事だと誰かが言い、生きていること自体がバグだと他の人は言い、完全な死体となるべくして生きると希代の法螺吹きが宣った。俺にしてみれば人は救いようが無いまでに下らない事を謳歌し無駄に執着する生き物だが、だが(だから)それがいい。酒池肉林に何を求めるのか。
蝋燭から滴る蝋を掻き集めて齢を接ぎ留めながら底無しの意思を四散する。そう、生きよう。

ちなみに今日見た夢は、面接に行ったら別室で受けていた女性の連れ合いが暴れ出したのでデスノートで処置したらデスノートにタグ付け機能が在って感心した夢だった。

うぅん。
病んでない筈は無いが、病名が付く程は病んでいない。
ここ十年近くは同じ様な事を繰り返し話しているだけだ。

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先払い

by C on 2月.09, 2008, under essay

江戸時代、十両盗めば首が飛ぶと言う時代。《どうして九両と三分二朱》と十両の手前で盗みを止めたと言われた頃、豆大福を商っている大家春日屋の店先、乞食手前の身なりをした男が匂いの良さにまいって倒れてしまう。
人が出来た旦那、《風体は悪くても客は客、それを躓かせた元はと言えば当家の売り物の匂い》男を離れで介抱し、目が醒めた所にその豆大福を与えたら男は無我夢中で一朱は平らげた。

男の名は庄助、話を聞けば嘗ては大根売りで銭を稼いでいたものの、仲間に誘われて上がった女郎屋通いが祟って商売は右下がり、女房子供は家を出、気付けばにっちもさっちも行かず家の物はみんな売り払い明日の銭をどうして稼ごうとふらふら空腹のまま歩いていたら最前の通り匂いにつられて店先でまいってしまったと言う。

春日屋旦那、人は誰しも道に迷う頃が在るけどしかし額に汗かき真面目に働けばお天道様は必ずあんたの道を照らして呉れると庄助を励まし、更にもう一朱の豆大福を付けて送り出してくれた。

しかし合点がいかぬ庄助、この豆大福を呉れるなら幾ばくかの銭を恵んでくれれば良いじゃないかとやっかみその晩春日屋へ盗みに入る。
更にしかし蛇の道は蛇、大根屋が泥棒屋の真似をするには荷が勝ちすぎて、よりによって満月の晩、顔に泥を塗って忍び込もうとすれば厚く塗りたくって息が出来ない、道を歩けばつい《でぇこ~》と呼び声が出る、扉を開ける勢いにも威勢が付く、どうにも締まりが無い。
それでもどうにかこうにか九両三分二朱の金を取って長屋へ帰り金を数え直すととんでもない、十両の金がそこに在る。庄助、これでは捕まってしまえば打ち首は逃れられないとすくみ上がる。

夜が明けるまで悩み、よし春日屋の帳面をほんの少しだけ書き換えて後は糞食らえ店を出て何処か新しい土地でやり直そうと、幾らかこざっぱりと身なりを整えて旦那の元へ相談に上がると店も人手が足りないらしく快く身を預かって呉れた。
しかしいきなり帳面に触れる立場に上がる訳も無く、日々家財の掃除や豆を茹でるなりで日が過ぎるが根は働き者の庄助、少しずつ仕事を覚え、その上、店商いと言う物を楽しく感じ始め、そして一年が過ぎる頃にはそこそこ名の知れた手代として店を切り盛りする様になる。

しかし同時に悩む。奉公に上がってから当分は様子を伺っていたがあの夜に盗まれた(盗んだ)十両を番頭も旦那も気にする様子は無く、お上に届けた様子も無い。これはこのまま懐に締まっても良い物だろうかしかしこれだけお世話になってこのままにして良い物だろうか。そんな折に番頭からご用を言い付かって棚の片付けをしていたらあの晩の帳面を見る機会を得たが、しかし当夜の書き付けにはしっかり《九両三分二朱、庄助》の記載が在る。

解せぬ庄助、ここは腹を括って旦那へ打ち明ける事にする。
正直に当時の心持ちを話し、謝罪と十両とを旦那に差し出す。
それに応えて旦那も当夜の話をすると、どうにも店先ががたついて居るので厠に行きがてら裏手を見回ったら泥を塗りたくった庄助がどう嗅ぎ当てたのか店の金を正に取って逃げようとしているのを見付けた。だが相手は顔の知れた人、急いで呼び止める必要もないと床に戻って考える。きっとこれはその日の手当と得心が行かなかった自分の所為、これで庄助が立ち直り商売を始めてくれるなら、見て見ぬふりこそが徳で在ると決めた。

そうしたらその翌日に庄助が奉公を志願して来たので店で雇ってみれば大いに働いてくれるので助かっていると言う。

《それは旦那の所為じゃ御座んせん、あっしの不出来な心が悪いんです。ここに十両御座いやす。これで勘弁た言えませんが、受け取って下さい。そして後はあっしを煮るなり焼くなり好きにして下さい》

《いやそれは受け取れない。謂わばこの金が出たからあんたはこの店で働くように成った。そしてあんたが額に汗して働いてくれたお陰で店も大きくなり、倉も増えた。謂わばこれはその手付けの金としてあたしがあんたに呉れた金だ。納めておくれ》

しかし一つだけ合点が行かぬ庄助、

《あっしが頂戴した金は十両の金、九両と三分二朱じゃ御座んせん》

《人は良くても商売人、あんたが食べた豆大福のお代は先にいただいておいたよ》

と言う噺を寝起きに思い付いた。

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